「追及権」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
言葉だけは聞くけれど、漢字をみると、なにか追い詰められているような、切迫した感じがする人もいるかもしれません。
これは、フランス語のDroit de Suiteの日本語訳にあたります。
ここでは、追及権が如何なることにかかわる権利であるかをご説明することで、なぜこのような表現が使われているかをご理解いただけるかと思います。
著作権の中に、複製権という権利があることはご存知かと思います。
その作品(著作物)を創作した人(著作者)は、複製する権利を独占的に保有(専有)しているということが、著作権法に規定されています。
ということは、それ以外の人は、著作者に許可をとらなくては、複製することができないことになります。
その他に上演・演奏権や公衆送信権もありますが、同じように、(誰かにその権利を譲っていない限り)創作した人だけに権利があるわけですから、許可をとらずに他の人が使うことはできないことになるわけです。
追及権は、まだ日本の法制度には登場したことがありませんが、日本で導入した場合であっても、複製権等のように、許可をもらって何かをするというような形になることはありません。
それは、追及権という権利が作品を利用することの専有ではなく、作品を転売した際にその転売額の一部を著作者に支払うということだけに特化した権利だからです。
説明をわかりやすくするために、一人の彫刻家を登場させましょう。
小楠露団(おぐす ろだん)君は、二十歳の彫刻家です。
大学に通いながら創作活動を続けています。夕べもバイトの後、朝まで作品を作ってしまったので、今朝の講義は最初の10分だけしか聞けませんでした。本人は「睡眠学習」と称していましたが。
さて、秋の学園祭で小楠君の作品を展示すると、買いたいという人が現れました。金額は20,000円です。
自分の作品を評価してくれる人が現れて小楠君は飛び上がって喜びました。
考えてみればここ1か月ほとんど寝ないで作った作品だけれど、自分の作品にお金を払ってくれると聞いたら、芸術家の仲間入りをしたようで、うれしくて仕方がありません。
その後も小楠君は、バイト、作品制作、講義と忙しい日々を送ります。
そんなある日、ネットオークションでその作品が30,000円で販売されているのを発見します。
「あの人もういらないからオークションに出したのか」とちょっとがっかりする小楠君。
一週間後、どうなったか見てみると、なんと、彼の作品、100,000円まで価格があがっているではありませんか。
「やっぱり、わかる人はわかるんだよな。」今度はにやにやする小楠君です。
仮に1年後に、この作品の価格が100万円になっていたとすると、小楠君の気持ちはどう変わっているでしょうか。
なぜあの時2万円で売ってしまったんだろう、もう少し待てば100万円になったのにと思うかもしれません。
しかし、このようなことが現実に起きているのです。(歴史参照)
さて、追及権の説明に戻りましょう。
追及権が日本にあったとすれば、小楠君の収入の形が全く変わってきます。
追及権とは、最初に芸術家がその作品を販売した後、さらに転売が行われる度に、その一部を著作者たる小楠君に支払ってもらえるという制度なのです。
まだ、日本に制度がない段階でいくらもらえるというのもおかしな話ですが、仮に、オーストラリアの追及権制度の5%を適用して、彼の作品が3回転売されたとして考えてみましょう。
1回目 学園祭で、小楠君からAさんが購入 20,000円 追及権料は発生しません。
2回目 AさんからオークションでBさんへ 30,000円 3万円x5%=1,500円(追及権料)
3回目 BさんからオークションでCさんへ 100,000円 10万円x5%=5,000円(追及権料)
4回目 Cさんから画商を通じてDさんへ 1,000,000円 100万円x5%=50,000円(追及権料)
小楠君が作品を2万円で手放していても、転売される度にその販売額に従って、小楠君への追及権料の支払いが発生するため、この5%が適用されるとすれば、総額で、56,500円を手にすることができるのです。
これが追及権です。
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